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いろんな企画系の仕事をしている30歳の男(ニーヨンロク)が、買ってよかったものとかうにゃうにゃ書きます

3分で今の気持ちを書く。

ども1月最初のエントリー、ニーヨンロクです。

 

この一月の間に色々と出来事はあったのですが生来の筆不精さが祟ってどうも。

そしてようやく書こうと思ったことがこのあとのたった数行の出来事。

 

先ほど妻と近所のイタリアンへ夕食を食べにいきました。

お互い仕事やらでなかなかまとまって話すこともなかったので、

食べ物を口に運びつつ隙あらばで会話をしまして、

一時間ほど経ったころ少しの沈黙が訪れたのです。

 

そこで僕はこの数週間抱いていたふとした思いを告げました。

「ここ最近、なんだろう。いつになくきれいだね」

 

すると妻は両手で顔を挟み、

「こういうこと旦那さんに言われて、私もまだ恥ずかしくなるんだね」とぼそり。

注:私たちはまだ30代前半で、結婚2年目です。

 

その姿を見て、

改めて僕は妻が好きなんだなと染み染み思いました。

 

以上です、こんなエントリーですみませんw

こどもの頃に刷り込まれたアレは、大人になると嘘だとわかる。

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ども、世の中の半分くらいの大人は今日が仕事納めですかね。流石にそんな日ですから、カフェが混むわけもなく、貸切状態でパソコンをバンバン叩いているニーヨンロクです。

 

仕事納めを無事におさめたら、旅行や帰省、飲み会にみなさん明け暮れる日々が始まりますね。この年末という期間は、一年で最もイベントが詰め込まれています。クリスマスにはじまって、大晦日、正月とこれがたったの1週間くらいの間に立て続けにやってくるんです。イベントと言えば、そう、写真ですよね。写真を記録するのはカメラ、そのカメラへの熱が僕の中で異常に上がっています。PhotoshopとIllustratorを同時に立ち上げたPCくらいうんうん唸っているわけです。

 

カメラの話をする前に、タイトルの話題に触れましょう。
こどもというのは自分ではまだ何もできませんし、頭の中には僅かな情報しか入っていませんから、親の言葉やテレビから流れてくる音をスポンジのように吸収します。股間をいじいじしていると「汚いから触っちゃダメ」とか食事が終わって横になると「食べてすぐ寝ると牛になる」とか、まぁ20年以上も前に言われたことを今でもちゃんと覚えているくらい、脳に刻み込まれているわけですよ。多くのことはたぶん正しいんですけど、「これだけはウソじゃね?」と引っかかっていることがあるんです。それは「後出し」と呼ばれる概念。


小さい頃って、毎日十回くらいジャンケンしてた気がしますけど、どうしてあんなに勝負したかったんですかね?大人になってジャンケンする機会なんて、奥さんの実家へ行って花札の順番決める時くらいですよ。さて、このジャンケンで「後出し」が出てくるのですが、後出しをすると(実際してないが、疑いをかけられても)無条件で負け。さらにただ負けたときにはなかった「ずるい」だの「汚い」だのレッテルも貼られます。コンマ何秒出すのが遅れただけなのにですよ?問題があるとするならそれは僕の性格ではなくて、腕を振りだす筋肉だと思う。なんてことをブツブツ言っても勝負はついているので意味がありません。


この後出しと親戚関係の「武士に二言はない」という諺があります。面目や体面を重んじる武士ですから、一度言った言葉は絶対に取り消さないし、他の意見に鞍替えしたりもしないことからできた言葉です。この二つの言葉は小学生や中学生の時分にまぁかなりの回数聞いたので、恐らく、死ぬまで忘れることはないでしょう。でも、でもですよ。この言葉って本当に正しいんですかね?

 

大人になると、というかビジネスでは後出しジャンケン的事例などいくらでもあります。スマートフォンのコミュニケーションアプリは、今でこそLINEが単独一位でもはやインフラ化していますが、数年前までは様々なアプリが登場してはしのぎを削っていました。後発アプリは言ってしまえば、後出しジャンケンをしているわけです。だって市場に以前からあったサービスを模倣してつくるわけですからね。


その他にも、ニュースでしょっちゅうやっている「企業の業績上方(下方)修正」とかもそうですね。「今年は1兆円売上いくわw うはっwww」と言っておいて、「やっぱウソ、7000億止まりだった(棒」なんていうのはザラですよね。

 

ビジネスでは別に、そのビジネスに違法性やモラルの欠如がなければなんの問題もありません。また、後出しジャンケンも「同条件で行わないと勝負にならない」からダメ、というのも本当は理解できるんです。では、どうして「ウソじゃね?」と書いたのか。ここでようやくカメラの話が出てくるわけです。

デジタルカメラは文字通り、被写体をデータとして記録する装置です。データですから、フィルムカメラよりも格段にレタッチなどの調整がしやすい。

 

この二枚はレタッチ前と後の写真です。かけた時間は20秒ほど。そんな少しの時間でもクオリティを撮影後に上げることはできるんですね。

 

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僕はデジタルカメラにおける写真とは「撮影半分、レタッチ半分」だと思っています。撮って終わりではなく、モニタや紙などの媒体に出力したときはじめて「完成」という考えです。しかしこの考えはカメラ好きからはあまり好かれません。中年以上のカメラ好きはフィルムカメラから入って、デジタルカメラを使っていることが多い。フィルムはカメラ屋へ現像に出して終了、デジタルカメラになっても基本は撮って出しで終了です。その行動の原理として作用しているのが「後出し」への嫌悪感な気がしています。だからカメラボディやレンズの記事はネットに腐るほどあるのに、レタッチについての記事はあまりない。(あってもそれは、カメラ界隈で語られているものではなく、デザイン界隈で語られているものです)
せっかくそこまでカメラを愛しているのなら、撮ったあともしっかり手をかけたほうが、もっとカメラを楽しめると思うんだけどなぁ。

 

かなり入り組んだ構造で書いてしまいましたが、つまり「僕はd800で引き続きがんばる。その代わり、mac book pro 2016買う」ってことです。はよ、出てくれないかなー。

 

 

Nikonはウィンターセールやってるみたいです。

 

カメラ関係のエントリはこちら!

 

 

 

それではほばばーい!

マタニティマークをめぐるアレコレを考えてみた。(かわいい、嫌いなど)

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仕事の合間にめっきり訪れなくなったYahoo!ニュースを眺めているニーヨンロクです。少し前の記事になりますが、こんなものを見つけました。

 

 

番組に出演していたダウンタウンの松本人志は以下のようにコメントしています、みなさんはどう思います?

 

「もしかしたら反感買うのかもしれんね。なんかすっごい温かい(イメージ)でしょ?これになんかちょっとイラっとする女性がいるのかもしれないですね」

 

本題に入る前に、僕は「あぁ、松ちゃんは年取っても松ちゃんのままだなぁ」と改めて発想の良さに驚かされました。ずいぶん昔の話ですが、番組で松ちゃんがとある事柄を知らなかったところ、観覧者から「松ちゃん遅れてるぅー」と言われたことがありました。並の芸人なら「うるさいボケ」「やかましいわ」など突っ込むところですが、そのとき松ちゃんの口から出た言葉は予想もつかない切口のものでした。

 

 

「お前と同じ方向見とらんわ」

 

 

いつも彼のボケや言動は大半の人がAだと思う方向を避け、BやC、ときにはZくらいまで離れたものです。これは広告業で言えばコピーライターの考え方に通ずるような気がします。普通に言っても面白くないものを別の角度から光を当てることで、全く別の一面を見せる。そんなことを彼は涼しい顔でやってのけます。

 

 

さて、話の本題であるマタニティマークですが、この問題は「誰のためのマタニティマークなのか?」を考えなければ答えが出ません。いや、「誰のため」だとまだ精度が低いですね、「誰が見るため」というのが適当でしょう。それは間違いなく、「妊婦さんの周りにいる人」です。ただこの定義だけではターゲットがあまりにも広く、適切な表現を考えることはまだ難しいですね。


そこで妊婦さんが接触するだろう人を考えていきます。まず、家族。これはマークなどなくとも当然知っていますから、ターゲットから外れます。次に病院関係の人、これも家族とほぼ同様と考えて問題無いでしょう。他には働いている方であれば職場の人もいますね、これも一日の大半を一緒に過ごしていますから、前の二つと同じはず。あっ、あと友人もいますがこれも大丈夫ですね。残るは、これが殆どなんですが、外で出遭う人、つまり他人です。


他人を年齢や性別で区分けすることは可能ですが、実際に即したものにはならないので適用が難しい。それは電車に乗ればわかります、時間帯にもよりますがこどもからお年寄りまで満遍なく乗っています。恐らくマークをデザイン・企画した人たちはターゲットのカテゴライズは不可能と判断し、「妊娠」や「妊婦」、「あかちゃん」から受けるイメージをイラストにしたはずです。ターゲットの分類に深追いしても無理があるので、この判断は間違っていないでしょう。では何が問題だったのか?

 

なかなか難しいお題だな。

 

うん、とっても難しい。メッセージを届ける相手が決まれば、表現は格段にしやすくなります。例えば「カロリーが気になるけどデザートを食べたい女性」なら低カロリー訴求ができるし、「痛風が気になる男性」なら糖質カット訴求ができます。それが今回はできない。このままデザインに着手すると、間違いなく現行デザインと似たものになってしまう。うーん。

 

半ば諦めがちになりながら色々なマークを眺めていたら、あることに気づきました、というより思い出しました。それは「マークの意味」です。マークとは日本語で言えば「記号」。記号とはある事物を端的に表現する場合に用いる。マタニティマークであれば「私は妊娠しています」という事実を端的に表現しています。つまり記号とは「客観的な事実」を伝えるために考えだされたものなのです。クルマの初心者マークもそうですね、誰がみても「運転しているのは初心者です」ということが客観的に理解できる。では同じマークでも何故、マタニティマークだけが問題になっているのか。それは、「記号に意味が付加されている」からだと思うんです。もう少し丁寧に書くと、「私は妊婦なので、マタニティマークを付けています。だから色々察してね」というメッセージが込められている。メッセージの主体は妊婦さんではありません、デザイナー・企画者です。つまり作り手の一方的なゴリ押しメッセージが、一部の受け手からは拒絶されたと考えられます。それはそうかもしれません、なかなかこどもに恵まれない女性は世の中にたくさんいますし、妊婦なのに満員電車に乗ってくるなと思う男性も少なからずいるでしょう。そういう人たちからすれば、現行の幸福感溢れるマークは少し重いのかもしれません。
もしこの考えが妥当であれば、マタニティマークはもっと本来の記号的なものにすべきです。どんな受け手でも単純な「情報」として受け止められるデザイン、とってもハードルが高いですが、助けてほしい周りの人から疎まれるデザインでは残念ですからね、ちゃんと考えたいものです。

 

書き終わって気付きましたが、記号をめぐる、情報や意味についてはこの本からけっこう影響を受けていました。もしご興味あれば。 

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)

 

 

 

 

それでは、ほばばーい!

 

カメラ好きは必見!デジタルカメラマガジンが108円ですぞ!

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最近カメラ熱が再燃しているニーヨンロクです。d800をメイン機としていますが年齢のせいか、少々2kgという重量が辛くなってきたので、サブ機でミラーレスを検討しています。ネットの海を泳ぎながら色々なネタを取得していたらタイトルの情報に出くわしました!

 

デジカメ雑誌ではかなり有名なあの、デジタルカメラマガジンKindle版がたったの、108円ですよ!価格の表記ミスとも思いましたが、アーカイブも全て108円なので間違いじゃない。これは買えるだけ買うしかないと、全力でポチりました。

 

デジタルカメラマガジン 2015年12月号[雑誌]

デジタルカメラマガジン 2015年12月号[雑誌]

 

 

えっ、Kindleで雑誌読みづらい?

確か、Kindle端末では正直厳しいですよね。そこで「PC版のKindleが活躍するわけですよ。ざっとPC版の使い方を書いちゃいますね。

 

まずは購入。

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ほら、108円でしょ!本当に信じられない。。。

Kindle本は"1-clickで今すぐ買う"ボタンから購入ができます。このときはPC版Kindleが入ってなければ、データの転送先はクラウドリーダーか何かに設定しとくのが良いです。(Kindleにすると、デカイ容量が転送されてしまうので)

 

 

 

購入画面はこんな感じ

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既にPC版をダウンロードしている人は、赤枠をクリックするとKindleアプリが立ち上がります。未ダウンロードの方は、赤枠がダウンロードボタンになっている、はず。

 

 

 

ダウンロードしたKindleアプリを起動する

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使い方はPDFリーダーみたいな感じなので、すごくシンプルです。データのダウンロードが完了したら、該当のファイルをクリックします。

 

 

開いてみる。

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モニタサイズにもよりますが、少し文字は小さいかもしれません。丁寧に読みたい部分は拡大機能があるので十分可読できるかと。

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これはとてつもなくお買い得ですね、有難いクリスマスプレゼントです。

 

 

デジタルカメラマガジン 2015年11月号[雑誌]

デジタルカメラマガジン 2015年11月号[雑誌]

 

 

デジタルカメラマガジン 2015年10月号[雑誌]

デジタルカメラマガジン 2015年10月号[雑誌]

 

 

デジタルカメラマガジン 2015年9月号[雑誌]

デジタルカメラマガジン 2015年9月号[雑誌]

 

 

 

それでは、ほばばーい!

【議員育休】フジテレビのすり替え報道について

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育休取りたいと思いながらそもそもお子を授かっていないニーヨンロクです。ここ最近の目立っているニュースといえば、宮崎謙介衆院議員の育休話ですよね。

 

 

だいたいどのテレビも新聞も同じような報道の仕方ですが、今朝のフジテレビだけはちんぷんかんぷんな内容だったのでメモっときます。

 

コーナーの出だしは宮崎議員が育休を取ります、という話だったのですが、途中から「男性の育休に賛成かを街頭インタビュー」とすり替わっていました。今回の議論で「男性の育休」ってどうでも良くて、「議員が金をもらいながら休暇を取得すること」なはず。現在の国会の規則では育休に関する規定はなく、休暇は無制限でしかも給与が出る、となっています。

 

つまり論じるのであれば、「議員の育休は給与を返上すべきか?」か「なんで国会の規則で休暇は無制限なのか?」をやりあうべきなんではと思うんです。そりゃあ巷の人に「男性が育児に参加することに賛成?」のアンケートなんて取れば、全員賛成だろ。ぼんやりテレビを眺めている人には「議員なのに育児までやるなんて素敵!抱いて!!」となるんではなかろうか。

 

最近フジテレビは広告主がつかなくて必死とは聞いているけれど、番組自体のクオリティがとことん落ちてるから、このまま消えてしまってもいいんではないかなぁ。

 

とは言え、毎年恒例の「正月迷走広告」にはとっても期待しているので、頑張っていただきたい限りではあります。

 

ほばばーい!

「企画が苦手」を「企画が得意」にするための、3つのポイント

ども、昨日公開予定のサイトが年始にずれ込むという、素敵なクリスマスプレゼントを頂いたニーヨンロクです。さて今回は仕事についてのエントリーで、多くの人が毎日やっているだろう「企画」の話。実感なのか毛嫌いなのかわかりませんが、企画が苦手な人は意外に多いですよね。かく言う僕も最初はそうだったんですが、毎日企画つくっているので今はなんとか大丈夫かなぁと。自分の振り返りも込めて考えてみたところ、大きく3つのポイントがあることに気が付きました。

 

それでは早速書いていきますよー!

 

 

POINT1:「企画」という言葉が生理的に苦手

企画が苦手な写真


どうでしょう、結構思いあたる人はいるんではないでしょうか。日本人はかなり言葉に左右される民族です、例えば「部長」とか「クリエイティブディレクター」とか肩書を聞いただけで急にかしこまってしまったり、縮こまってしまったり。なので「企画」と聞くと「0から1を生み出す超絶難しい仕事を任された」と誤認して、頭が回らなくなってしまう。個別の状況にもよりますが、ひとまずは企画のイメージは「目的を達成する、課題を解決するためにテキトーに考える」と持っていれば大丈夫ですよ。

 

POINT2:机の上で三年パターン

体を動かしている写真


机にかじりついて、資料を読み漁り、パソコンでひたすら調べて、そして紙とにらめっこをして。それらのことはもちろん大切なんですが、企画は頭だけつかってできるものではありません。「歩く」という情報・刺激がインプットされることで企画は変容しますし、考えている場所がオフィスからデパ地下になれば、企画はカタチを変えます。「煮詰まってシャワーを浴びていたらアイデアが降ってきた」というのはまさにこのことで、動いてみると案外状況は変わるものです。

 

 

 

POINT3:ホームランばかり狙って三振

時間に追われている写真


ここで言う「ホームラン」とは表現上の派手さやスケールの大きさを指します。毎回ホームランを打てるかはわかりませし、そもそもそんなものは存在しないかもしれません。地に足がつかないことばかり考えて、気づけば締切間近、なんてことはよくあります。

以前、「現役コピーライターの巨人」谷山雅計がこんなことを書いていました。谷山さんは昔、広告セミナーなどを行う宣伝会議の「コピーライター講座」を受講していて、先生はあの糸井重里だったそうです。余談ですが、今はほぼ日でお馴染みの糸井さん、実は広告業界出身で、コピーライターとしては超カリスマ的存在だったんです。PARCOの「おいしい生活」も糸井さんの仕事です。
さて話を戻します、とある回で糸井さんは「コンビニにあったら素敵なもの・ことってなんだろう?」と生徒たちに課題を出しました。谷山さんや他の学生は「コンビニでコンサートができる」などとにかくド派手なアイデアばかり。そのとき糸井さんはうんうんそうだねそうだねと頷いて、こう続けました。

 

「僕はね、カップラーメンにお湯が入れられる、ポットがあったらいいな」

 

その当時カップラーメン自体は売っていましたが、その場で食べるためのポットはどこのコンビニにもありませんでした。ポットというアイデアは非常に地味ですが、それでも物事の本質をついているような気がしませんか?企画とはそういうもので見た目ばかりの派手さを狙っても役に立つかはわからないものです。

 

 

当たり前のことばかりかもしれませんが、一度自分の企画スタイルを振り返ってみては?

 

 

こちらは前に書いた「企画書の書き方」エントリーです!

 

 

それでは、ほばばーい!